第2回 マーケティングの本質(1)
 今回は学問的にマーケティングを考えてみましょう。
 最初に、手元に辞書(ビジネス用語辞典など)をお持ちであれば「マーケティング」の意味を調べてみてください。また、マーケティングの原語である「Marketing」を英和辞典で適切な訳語を探してみてください。辞書には何と書かれていますか。そこには「製品を生産者から消費者に合理的に移転するための企画活動。市場調査、商品化計画、宣伝、販売など。」のように書かれていることでしょう。これだけではよくわかりませんね。そして、英和辞典ではどうですか。そこにはこう書かれているかもしれません。「Marketing:マーケティング」と。これではますますわからなくなってしまいます。実はマーケティングという言葉には適切な訳語が存在しません。つまり、マーケティングは一言では言い表せない概念なのです。
 マーケティングの具体的な仕事については、別の機会で紹介しますので、ここではその概念についてしっかりと理解をしたいと思います。
 マーケティングの本質を理解してもらうために、私がよく引用するは、米国マーケティング協会の定義です。その定義は以下の通りです。「マーケティングとは、価値を創造し、提供し、他の人々と交換することを通じて、個人やグループが必要とし欲求するものを獲得する社会的、経営的過程である。」
 この定義をそのまま暗記してもピンとこないので、この意味するところを実際の企業活動に当てはめると次のようになるでしょう。「企業は顧客(消費者)のニーズに応え、顧客にとって価値ある製品を作り出し、顧客(消費者)は対価(お金)を払いその商品を購入する。その企業と消費者の取引を成立させるために必要な企業活動をマーケティングという。」
 これを読むと、「ビジネスではあたりまえのことじゃないか。どこがマーケティングなんだ」という声が聞こえそうです。しかし、この定義にはとても大切なポイントがいくつか隠されています。医薬品マーケティングを理解するためには、ぜひとも次ぎの3つを押さえて欲しいと思います。
 一つ目は交換という考え方です。定義の中で明言されていませんが、なぜ企業と消費者は交換するのでしょうか。これまた当たり前ですが、互いに満足するからです。つまり、企業も消費者も自身の満足度を高めるために「売り買いを行う」と考えることができます。それでは、消費者と企業が交換するものは何でしょうか。当然ですが、消費者がお金を払い、商品を購入するので、「商品」と「お金」が交換されていることになります。しかし、マーケティングの定義の中には「商品」や「お金」と明記されていません。つまり、互いに満足するならば、商品とお金以外のものを交換してもよい、ということになります。
 このことは、例えば医療機関とMRの関係に置きかえると具体的に理解できると思います。MRにしては、医療機関にたくさん薬を買ってもらい、売上実績をあげたいと考えます。つまり企業が販売する薬と医療機関からのお金(支払い)が交換され、互いの満足度をあげるという構図です。しかし、MR個人は売上のためだけに仕事をしているわけではないでしょう。医師に定期的に医薬情報を提供し、それが具体的な形(例えば売上)にならなくても、医師から「君の薬剤情報は本当に役立つよ。他のMRの見本だな。」と言われたらどうでしょうか。マーケティングの定義を当てはめると、この場合MRは医薬情報を提供することで、医師から信頼を得たことになり、両者とも「情報」と「信頼」の交換で満足している、と理解できます。患者と医師との関係も含め、医療業界における関係では具体的な形にならないものが交換される場合があります。このようなとき、マーケティングの概念で整理すると、その関係が成立する理由が明確になると思います。
 二つ目のポイントは、交換する相手です。マーケティングの定義には「企業」や「顧客(消費者)」という言葉がでてきません。このことも医薬品マーケティングを考えるときにとても大切なるでしょう。つまり、製薬会社の事業活動における公的な性格ゆえに、マーケティングという概念の導入に否定的な方もいますが、交換相手として「患者」をあげても全く問題ないのです。つまり、マーケティングの交換相手は必ずしも「顧客(消費者)」と「企業」だけではく、「患者」と「製薬会社」、「患者」と「MR」、「患者家族」と「MR」と考えてもよいのです。他の分野に目を向けると、「有権者」と「政治家」、「被災者」と「ボランティア」という関係も交換相手として成立します。
 三つ目はマーケティングと競合戦略の関係です。実は、多くのマーケティング専門家は私が紹介した定義では不十分と考え、マーケティングの概念に競合戦略を加えています。マーケティングの実務に携わる方にとって現実的であり、その方が理解しやすいのでしょう。しかし、最初にあげたマーケティングの定義を何度見ても、そこには「競合」の概念が含まれていません。医薬品マーケティングを理解するためには、私はこちらの方がよいと考えています。医薬品という公共的な性格を有する商品を扱うため、最初から競合を中心にマーケティングを実践していくと、医療機関や患者との長期的な関係を見失う場合が多々あるからです。私自身の考えですが、最初はマーケティング戦略と競合戦略を区別して考えた方が良いでしょう。
 以上三つのポイント整理すると以下のようになります。

 1.互いの満足度をあげるために交換するが、それは「商品」と「お金」だけではない
 2.交換相手は「企業」と「顧客(消費者)」だけではない
 3.マーケティングと競合を分けて考えた方がよい

 この三つのポイントは他の業界にも当てはまることですが、医薬品マーケティングでは特に押さえて置きたい点だと思います。

産能短期大学専任講師 内藤英俊
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