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愚痴の話
MR同士の飲み会に行くとよく出くわすのが上司の悪口、出来ない先輩、動かない部下といった身近な仕事仲間のダメダメな話になりがちです。とにかくこの話題は尽きることがありません(笑)。
でも、まず愚痴を言って物事が解決したことはほとんどありません。その場で気分がスッとするだけです。そして、次の日はその人達と一緒に、心に何かを持ちながら仕事をする訳です。
それが家族や友達のレベルと同様、許容できる範囲内であれば、問題がない訳ですが、往々にしてそれらの愚痴はかなり辛辣なものが多いのが現実です。
親しい友人と飲んでいて愚痴がひどくなってきたら、私はこう言います。
「そもそも愚痴を言うほどの嫌な環境ならいっそ、変えてしまえば楽でしょ。」
でも、「いやいや、そんなリスクを冒してまで変わるのはどうだか・・・」と言って行動しないケースが99%です。
「それって、相手が悪いのもあるけど、自分にも変える勇気がないからなんでしょ」と私としては客観的に言いたくなる訳です。
世の中にパーフェクトに仕事に取り組めている人がどれだけいるかというとほんの数パーセントだと思います。でも、そういう人は自分がパーフェクトだと思っていません。まだまだ上を見ています。だから、基本愚痴を言う間はないのです。
愚痴というのは、はっきり言って「暇な状態」を表しています。愚痴を言う前に調べたり、考えたり出来れば、改善できることが多々あるからです。
私は製薬企業に勤めるぐらいの能力を持つ人は基本的に起業しても十分成功する素質を持っていると思っています。それはなぜかというと自分が平凡なMRだったから。MR時代には、陰できっと多くの上司に使えないと言われ、同僚にもなんだかなあと言われていたと思います。
しかし、他のMRと違って、一つだけ強く信じていたことがあります。それは自分の能力と将来性です。
愚痴を言う間があれば、平凡でも時間を有効活用し、成果を上げている人と接していくことを続けて行ければ必ず、どこかで芽が出ると思っていましたし、起業もきちんと考えて、行動していけば形になると思っていました。
そして、学生の時はあれだけ学んで優秀だったのに、社会人になると学ぶことをすっかり忘れてしまう人があまりにも多いのは逆にチャンスだと思っていました。亀の戦略で行けば必ずどこかで抜けるし、死ぬまでそういう姿勢でいれば、楽しいだろうなあと思いました。
以前、アーリーリタイアメントが凄く流行った時期があります。若いうちに稼いで、早くからリタイヤして、遊びながら生きるようなライフスタイルです。でも、それをイメージし、自分がその立場になった時にどうかと考えた時、「あ~つまんない」と思ったものです。
人は人と積極的に関わり、お役に立つ中で自分の役割と使命に気づく存在です。だから、死ぬまで納得のいく、やりがいのある仕事をしながら、学んでいく。そして多くの親しい人の助けになること。これが自分のあるべき姿だなと思いました。(あくまでも自分の感覚ではそれがベストだと思いました)
そして仕事を生きるための糧、苦と思うのではなく、喜んでもらえるチャンスだと道楽化してしまえば、愚痴は一切出ません。ディズニーランドに行って愚痴を言いながら歩いている人はいないのと同じです。また、道楽ですから、楽しくて土日でもまったく気にならないのです。
家族と友人と遊ぶのも楽しい、仕事をするのも楽しい。
それに気づいてからはMRの仕事も楽しかったし、起業してからも特に苦労もなく、順調に推移しています。
よって、サラリーマンでも成功している起業家の脳を持ちながら、楽しく仕事をして、愚痴を言わなくても良い環境にすることは十分可能です。
そして、その秘訣は「あなたの脳と物の考え方の中」にあると言えます。
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